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自分に素直に生きる。好きなものを好きと言い、嫌いなものは基本スルー。

いつも一緒だからこそ、もっと家族の写真を撮ろう。日常の風景こそ写真に残しておけばよかったと思う。

今日(11月25日)は父の72歳の誕生日。

生きていれば72歳。

 

父は70歳で亡くなったのだけれど、いざ過去の写真がどれくらいあるのかと思って探してみてもそんなに無かったことに驚く。

 

 

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じーちゃん、ばーちゃんと娘 お墓参り

 

 

娘が生まれてからしばらくして父が倒れ、その影響なのか行動や性格もかなり変わってしまった。

 

 

倒れる前は毎日のように話し、仕事のことも、ものづくりのことも、新しい製品について興味あるものを色々話した。

 

 

倒れてしまってからは脳に異常はないと言われたが物忘れもひどくなり、手先の器用さがなくなり、今までできてたこと(オーディオの操作、携帯の操作など)ができなくなり、そのせいかとても怒りやすくなった。

 

 

そんな事があり、倒れて病院に運ばれた時に「すでに以前の父は亡くなってしまった」と思うようになった。退院して体の状態は良くなったものの、性格がガラリと変わってしまった父は父のようで父でない気がした。

 

 

だけどもしかしたらこの先も長くはないのではないかと思い、日頃から写真を撮るようになった。

 

 

孫を連れて買い物に行ったり、食事に行ったり、抱っこしたりするときの父の表情はとてもにこやかで、今ここで残しておかないと次は無いかもしれないと思った。

 

 

実際に遺影に使った写真は娘(孫)を抱っこしている時の写真で、優しげな父の顔を残せて本当に良かったと思っている。

 

 

娘が3歳になった頃に父がなくなり、それからさらに2年が経とうとしている今、父の写真を探してみても「倒れる以前の写真」がほとんど無いことはとても残念だ。

 

 

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ばーちゃんと娘 お彼岸

 

 

倒れる前に何でもっと写真を撮っていなかったのだろう。

いつも一緒に仕事して、いつも一緒に出かけて、いつも一緒に食事して、いつも一緒にものづくりして、一緒にいる時間が長かったのに何で写真が残っていないのだろう。

 

 

今手元に残っている写真はほぼ「倒れた後の写真」。元気で、活発で、趣味を楽しんでた時の写真は無い。自分が大好きだった時の父の姿は記憶にしか無い。

 

 

だからもっと家族の写真を撮ろうと思う。

 

 

イベントでどこかに出かけた時の写真でもいいけど、毎日の風景として写真を残したい。毎日の食事風景とか、夕食の買い出しとか、週末にゴロゴロしているときとか、一緒に趣味を満喫している時とか。

 

 

時間は止まらない、何をしてても通りすぎていく。

娘は日々成長し、自分自身も同じく歳をとり、母の身体もだんだんに衰えていく。

 

 

デジカメよりもさらに肌身離さず持ち歩く「スマホ」という存在があるのだから、毎日の日常をほんのちょっと切り取り、かけがえのない時間を記録として残すことは意味があることだろう。

 

今自分が見ている景色は二度と見ることができない。毎日同じように感じようとも、昨日と同じではない。だからもっと家族の写真を撮っていきたい。